アイスクリーム (ice cream) は、牛乳などを原料にして、冷やしながら空気を含むようにかき混ぜてクリーム状とし、これを凍らせたお菓子です。
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アイスクリーム (ice cream) は、牛乳などを原料にして、冷やしながら空気を含むようにかき混ぜてクリーム状とし、これを凍らせたお菓子です。
乳製品を天然の氷や雪で冷やして食べる習慣は紀元前より見られました。ユリウス・カエサルやアレキサンダー大王が乳や蜜に氷や雪を加えて飲んだという話が伝わっています。また、マルコ・ポーロは中国で乳を凍らせたものを食べ、その製法をイタリアに伝えたという話もあります。 16世紀初頭にパドヴァ大学のマルク・アントニウス・ジマラが常温の水に多量の硝石を溶かすと溶解熱により吸熱し、冷却することが発見されました。また16世紀中ごろにはベルナルド・ボンタレンティが氷に硝石を加えることで-20℃程度まで温度が下がることを発見しました。この原理を利用して人工的に食品を凍結させるという技術が可能となったのです。もちろんその水溶液から硝石は何度でも回収できます。 アイスクリームは1550年頃にイタリアで考案されました。1533年にイタリアのメディチ家のカトリーヌがフランスのオルレアン侯アンリ(後のアンリ2世)と結婚した際、菓子職人も引き連れて嫁入りしたときに、フランスにこのお菓子が導入されました。1686年にはフランチェスコ・プロコピオ・ディ・コルテッリというシチリア人がパリで有名なカフェ、ル・プロコープ(仏語)を開店し、最初のアイスクリーム商業提供を始めました。 イギリスには1624年、カトリーヌの孫アンリエット・マリーがチャールズ1世(1625年 - 1649年)の元に嫁いだときに、アイスクリーム職人を連れて行ったために伝わりました。チャールズ1世の宴会でフランスの料理人ド・ミレオによって作られ、大いに賞揚されました。チャールズ1世は、アイスクリームに感動し、アイスクリームの製法を秘密にし、王にだけアイスクリームを提供する見返りに、アイスクリーム職人に一生年金を与えた、という伝説があります。しかし、この逸話は19世紀以前の文献には現れず、アイスクリーム売りによる創作とされています。なお、このころまでのアイスクリームにはまだ乳製品をほとんど使用しておらず、代わりにメレンゲを使用したシャーベットに近いものでした。 現在のアイスクリームの直接の原型となるのは、1720年にシチリア島からパリに出てきてカフェを開いていたフランソワ・プロコープが作ったグラス・ア・ラ・シャンティであるとされています。これはホイップクリームを凍らせたものでした。
初期のアイスクリームは、冷たいボウルの中で手を使い造られました。このため、製造は大変に困難でした。これを改良する発明は主に18世紀に移民によってアイスクリームが伝わったアメリカでなされました。1846年、アメリカのナンシー・ジョンソンという主婦によって手回しのクランク式の攪拌機が発明されました。1851年にはメリーランド州ボルチモア市の牛乳屋ヤコブ・フッセルが余った生クリームを処理するために世界初のアイスクリーム製造工場を造りました。この後、アイスクリームは量産品と、生洋菓子にはっきり分かれるようになったのです。量産品のアイスクリーム製造は、アメリカ合衆国がさかんです。一方1867年ドイツで製氷機が発明されると、この冷凍技術と酪農の発達に伴い、アイスクリームの工場生産時代を現出しました。 アイスクリームサンデー(Sundae)は、1881年にウィスコンシン州のエド・バーナー(Ed Berners)によって発明されました。バーナーは日曜日に、5セントでデザートを提供しました。このためにこの名がついたのです。
日本人で初めてアイスクリームを食べたのは1860年に咸臨丸で渡米した遣米使節団であるとされています。 日本初のアイスクリームは、1869年(明治2年)6月(旧暦、太陽暦では5月9日)、町田房蔵が横浜の馬車道通りに開いた「氷水屋」で製造・販売したものでした。「あいすくりん」という名称で、一人前の値段は2分、現在のお金で約8000円と大変高価な物であった為、民衆に敬遠され、なかなか浸透しませんでした。 後に1899年7月、東京銀座の資生堂主人、福原有信が売り出して世に広まりました。 東京アイスクリーム協会(現・日本アイスクリーム協会)では1964年に、町田房蔵が日本で初めてアイスクリームを製造・販売した5月9日を「アイスクリームの日」と定めた。以降、毎年この日には全国で様々なアイスクリーム関するイベントが行われています。